JA三重厚生連

三重県厚生連について

About Us

地域に密着した医療・保健・福祉活動を通じて、 信頼される施設づくりをめざしています。


組織情報


組織情報


メッセージ

 三重県厚生連は、医療法に定める公的医療機関として、県内各地域で6病院と老人保健施設を併設した診療所の計7つの医療機関を運営し、地域の皆様が安心して健やかに暮らせるよう医療・保健・福祉活動に取り組んでおります。
 厚生連は、JAの出資により、「窮乏している無医地区の解消と低廉な医療供給」を目的として設立されました。1919年(大正8年)11月、現在の島根県津和野町が厚生事業発祥の地であり、その歴史は100年を超えるものとなっております。どの地域に暮らしていても誰もが平等に医療を受けることができるよう追い求め、弛まぬ努力を続けた先人の思い・精神を私たちは忘れることなく、受け継いで行かねばなりません。

 さて、本会では、高度急性期から回復期・慢性期までの医療、救急医療、がん医療、専門医療等を行い、運営する7つの医療機関の機能は異なりますが、其々の地域で基幹病院としての中心的な役割を担っております。
 新型コロナウイルスについては、発生当初から4病院が重点医療機関に、6病院が診療・検査医療機関として対応し、令和6年1月に発生した能登半島地震に際しては、発災翌日からDMATおよび災害支援ナースを派遣し、被災地での災害医療支援の活動を行いました。
 厚生連は、社会的な責務を担う団体であり、そうした対応は当然のことかもしれませんが、医師・看護師をはじめとする病院職員が医療人としての誇りと使命のもと、大きな困難に直面しても覚悟を持って立ち向かう姿は、私たちの誇りであり、尊敬の念に堪えません。

 医療は、社会インフラの一つとして、生活していくため・生きていくために、必要不可欠なものであります。
 病院を取巻く状況は、これまでにも増して厳しいものでありますが、私たちは、地域の医療を支え、守り続けて行かなければなりません。
 どのように時が流れようとも、どんな時代が訪れようとも、三重県厚生連は、これからも医療・保健・福祉活動を通じて、地域の方々が健やかに安心して暮らせるように努めてまいります。
 どうか、これからも厚生連の事業活動にご理解いただき、地域を守る病院へのご支援とご声援のほど、よろしくお願い申し上げます。

三重県厚生農業協同組合連合会
代表理事理事長
新貝 春紀

 

理念

JA三重厚生連は、医療・保健・福祉活動を通じて、
組合員と地域住民の皆さまが、
安心して健やかに暮らせる地域づくりに貢献していきます。

 

概要

三重県厚生連とは JA三重厚生連とは、「三重県厚生農業協同組合連合会」の略称です。
JA三重厚生連は、三重県内の各農業協同組合(JAという)が実施する各種事業のうち、医療・保健及び老人の福祉に関する事業を専門的に行うための協同組織として、「農業協同組合法」に基づいて三重県内のJAの出資により昭和23年8月に設立されました。
組合員を初めとして広く地域住民の命と健康を守るため、現在県内6つの病院と診療所(病床数1795床)・老健(入所定員29名)を拠点として、医療事業等を展開しています。厚生連の病院・診療所は地方公共団体の開設する病院等と同様に、「医療法」に定める「公的医療機関」となっております。
文字通り、社会的な責務を担いながら営利を目的とせず、「医療・保健・福祉活動を通じて、地域づくりに貢献する」ことが全体の基本理念です。

名称 三重県厚生農業協同組合連合会(JA三重厚生連)
所在地 〒514-0004 三重県津市栄町1丁目960番地
事業内容 医療に関する事業
保健に関する事業
老人の福祉に関する事業
設立 昭和23年8月
病院/施設 7病院 /1施設(介護老人保健施設)
病床数 / 定員数 1,795床 /(老健 定員29名)
職員数
(2025年3月31日現在)
3,110人
出資口数/資本金 247,561口
618,903千円
会員数 農協7・連合会3 計10

 

 

組織図


沿革

昭和23年8月 三重県文化厚生農業協同組合連合会として発足。
  会員数:201組合
  出資金:541千円
  施 設:中勢病院・紀勢病院・一身田診療所・波切診療所の4施設を以って発足
昭和24年8月 一身田・波切診療所を閉鎖
昭和25年5月 
菰野厚生病院を新設開院
昭和26年8月  公的医療機関指定 
昭和26年12月 指導事業を分離、三重県厚生農業協同組合連合会となる。 
昭和27年7月  日本農村医学会創立 
昭和28年10月 員弁厚生病院を新設開院 
昭和29年4月 厚生連准看護婦学校開設(紀勢病院・中勢病院) 
昭和31年11月 大台厚生病院を新設開院 
昭和32年7月  南島病院を鵜倉農協より譲り受け、開院 
昭和34年9月 紀勢病院を尾鷲市へ譲渡 
昭和36年7月 中央病院を新設開院 
昭和37年7月 中央病院を中央総合病院に名称変更 
昭和38年12月 飯高病院を飯高町より譲り受け飯高病院を開院 
昭和39年9月  中勢病院の名称を中勢総合病院に変更 
昭和40年1月   鈴鹿日赤病院を譲り受け、鈴鹿厚生病院を開院 
昭和43年4月  厚生連高等看護学校を開校 
昭和43年9月  三重医療薬品株式会社設立 
昭和45年9月  飯高病院廃止 
昭和52年6月  中央総合病院の名称を松阪中央総合病院に変更 
昭和56年4月  厚生連高等看護学院第1看護科(3年制)開校 
昭和57年3月  厚生連准看護学校を廃止 
昭和57年4月 厚生連高等看護学院を厚生連看護専門学校に変更 
昭和58年3月 厚生連看護専門学校第2看護科廃止 
昭和59年2月 厚生連法人税非課税措置承認 
平成5年5月 中勢総合病院から鈴鹿中央総合病院に名称変更 
平成5年6月 鈴鹿中央総合病院竣工開院 
平成6年9月 鈴鹿厚生病院デイケアセンター開設 
平成7年4月  鈴鹿中央総合病院在宅介護支援センター開設 
平成8年4月 菰野厚生病院在宅介護支援センター開設 
平成9年2月 鈴鹿中央総合病院北勢地域災害拠点病院認定 
平成9年4月 松阪中央総合病院竣工開院 
平成9年4月 松阪中央総合病院在宅介護支援センター開設 
平成9年10月 鈴鹿中央総合病院日本医療機能評価認定病院 
平成10年4月 鈴鹿中央総合病院訪問看護ステーション開設 
平成10年8月 菰野厚生病院訪問看護ステーション開設 
平成10年11月 松阪中央総合病院訪問看護ステーション開設 
平成11年4月 員弁厚生病院訪問看護ステーション開設 
大台厚生病院訪問看護ステーション開設 
平成11年8月 松阪中央総合病院 居宅介護支援事業者指定 
鈴鹿中央総合病院 居宅介護支援事業者指定 
菰野厚生病院 居宅介護支援事業者指定 
平成11年9月 員弁厚生病院 居宅介護支援事業者指定 
平成11年10月 大台厚生病院 居宅介護支援事業者指定 
南島病院 居宅介護支援事業者指定 
菰野厚生病院療養型病床43床導入 
平成11年11月 員弁厚生病院療養型病床50床導入 
平成12年1月 松阪中央総合病院 日本医療機能評価機構認定病院 
平成12年4月 南島病院訪問看護ステーション開設 
平成14年9月 いなべ総合病院竣工開院 
平成14年10月 鈴鹿厚生病院新築工事着工 
平成15年3月 鈴鹿中央総合病院 医療機能評価再認定 
平成15年4月 鈴鹿厚生病院管理棟工事完成 
平成15年5月 鈴鹿厚生病院訪問看護ステーション開設 
平成15年6月 菰野厚生病院 総合リハビリテーション施設開設 
平成15年8月 鈴鹿厚生病院西病棟完成 
松阪中央総合病院MRI増設 
平成15年9月 大台厚生病院透析室増築 
平成15年10月 鈴鹿中央総合病院 健診センター新築工事他増築工事着工
平成16年3月 松阪中央総合病院 地域医療支援病院認定 
鈴鹿中央総合病院 地域医療支援病院認定 
鈴鹿中央総合病院 健診センター新築工事他増築工事完成 
平成16年11月 鈴鹿厚生病院全面改築
平成17年8月 菰野厚生病院 回復期リハビリテーション病棟完成
平成19年3月 松阪中央総合病院 化学療法センター完成
鈴鹿中央総合病院 ヘリポート完成
平成19年7月 いなべ総合病院 医療機能評価認定
平成19年12月 いなべ総合病院 災害拠点病院指定
平成20年11月 南島メディカルセンター(南島病院より名称変更)有床診療所(15床)、介護老人保健施設(29床)へ転換
平成24年2月 松阪中央総合病院 災害拠点病院指定
平成24年3月 南伊勢町公設民営・指定管理者制度による南島メディカルセンター新築移転
平成24年3月 菰野厚生病院 病棟増築工事完成
平成25年2月 特例子会社  (株)三厚連ウイズ設立
平成27年3月 大台厚生病院新築移転
平成29年3月 三重県厚生連看護専門学校閉校
平成29年4月 菰野厚生病院から「三重北医療センター菰野厚生病院」、いなべ総合病院から「三重北医療センターいなべ総合病院」に病院名を変更
平成30年10月 鈴鹿中央総合病院北館 緩和ケア病棟完成
令和2年2月 松阪中央総合病院 へき地医療拠点病院指定
令和3年9月 松阪中央総合病院北館 救急病棟完成
令和4年4月 三重北医療センターいなべ総合病院 別館完成
令和6年10月 松阪中央総合病院 救命救急センター指定